なにをもって「人が育った」と感じるのか?



経営者の方々とお話していてよく耳にするのが、「人が育たないんだよねー」という話題。

確かに私自身も、これまでのマネジメント経験の中で、人材育成に関しては、常に課題感を抱きながら試行錯誤してきたところです。

では、皆さまは、なにをもって「人が育った」と感じるのでしょうか?

この問に正解はありませんが、皆さまなりに「人が育つ」の定義が明確でないと、意図的に人を育てることが難しくなってしまうと思います。


今回は、皆さまの思考の参考になればと思い、私なりの考えをお伝えしたいと思います。


私が「○○さん、育ったなー」と感じるのは、


ある分野の業務において、

  • プロセス・結果ともに満足いく内容でやりきった事例が数回続き、

  • 「もうこの分野は○○さんに任せられるようになったな」 = 「マネジャーである自分と判断基準がすり合っているな」

と感じたときです。


マネジャーがプレイングで抱えていたタスクをメンバーに任せられるって、マネジャーとしてはとても助かりますよね。

では、「判断基準がすり合う」ってどういうことでしょうか?

私的には、

「企業の価値観の理解度合い」

のことを指します。


  • 営業目標優先か? 顧客満足優先か?(企業文化)

  • この内容なら、これぐらいの期間で対応を完了したい(時間感)

  • こういう場合は、これぐらいのクオリティが求められている(品質基準)

  • このケースでは、自分で判断して先に進めておいたほうがよい(能動性)

等々、なかなか明文化するのが難しい「暗黙の判断基準」というものが、どの企業にも存在すると思います。

これらの判断基準に正解はなく、企業ごとの価値観によって判断の結果が異なるものです。



暗黙の判断基準がすり合っていると、いちいちマネジャーに判断を仰がなくてもよいこと、手戻りが少なくなることなどから、仕事のスピードと精度が格段に上がります(生産性が上がる)。マネジャーからすると、こういうメンバーはとても頼りになりますよね。



自分が属する企業の価値観に合った意思決定ができるかどうかで、その人の「仕事のできる度合い」が判断され、できる度合いが増してくると「育った」と思われるのではないかと思います。 以上を踏まえ、私は、

「育成とは、判断基準のチューニング活動」

と捉えています。 皆さまも、ご自身の中の「育つ」の定義を整理・明確化し、その定義を基準に、どこができていて、どこが不足しているのか?を意識しながらメンバーと接していくと、育成のポイントが見えやすくなるのではないでしょうか?

以上、少しでも参考になれば幸いです。